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たしのキャリア

大学を卒業後、初めての社員としての就職はサーフィン等を主とする某スポーツ用品店でした。そこでは接客のスキルを身につけ世の中の仕組みを学びました。その後、通信会社に勤務し勤怠管理や総務全般を行いました。そんな中、母が交通事故にあいました。父は単身赴任をしており、姉は結婚して実家を離れていたので、私が介護のために通信会社を退社し、短期間の派遣で母を支えながら毎日を過ごしました。そして母が全快すると同時期に私も結婚が決まり、横浜から茨城県の水戸市へ嫁ぐことに。右も左もわからない土地での生活が始まった瞬間でした。

ーニングポイント

「悶々と悩むのなら外に働きに出れば?」姑の一言で生活が一変しました。嫁いだ先は昔ながらの建築自営業。サラリーマン家庭で育った私には180度違う環境でした。それに加え第一子妊娠中に二世帯を建て、何もかも嫌気がさしていた頃。私の気持ちを見透かしたように姑が切り出した一言がきっかけで、今でずっとやりたかった「声」の仕事がしたいと思いました。その後、運命が出迎えてくれていたように話が決まり地方のラジオ局パーソナリティーへ。あの時、姑に背中を押してもらわなければ全てに対して納得いかないまま毎日を過ごしていたと思います。まさに私のターニングポイントでした。

分らしく働くとは?

妊娠、出産は人生において素晴らしい経験ですが、時として夢や目標を捨てざるを得ないこともあると思います。ですが、自分の気持ちに蓋をせず、いくつになってもやりたいことの目標を持ち、前向きな姿勢でいれば生活面にも張りがでて毎日を充実したものに変えられると信じています。

後のキャリアについて

二人目を妊娠し、出産と同時にラジオ局を退職しましたが今でも子育ての傍ら、土日に結婚式やイベントの司会をしています。ここで諦めずに子育てが一段落したらまたラジオ局に復帰したいので、今できることをやって少しでもスキルを身に付けたいと考えています。