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たしのキャリア

いわゆる就職氷河期に語学系の専門学校を卒業、あえなく都内での就職につまずき新卒での就職をのがす。地元の職安の紹介で鉄鋼メーカーの営業所で一般事務員として2年ほど勤めるも、もっといろいろな経験をしてみたいと思い、異業種に転職。その後2度の転職を経て自動車ディーラーの営業事務として14年勤めた後、約11カ月の休養の後、派遣社員として輸出関連の貿易事務の仕事に就き現在に至る。

ーニングポイント

漠然と夢だった車のショールームのお姉さん、その機会をつかむまで、つなぎのつもりで就職した歯科医院で働き方に関する考え方が変わりました。歯科助手として働くも、これまで経験したことが無い程毎日怒られました。言葉使い、立ち居振る舞い、仕事に向き合う姿勢。特に印象深い言葉は「仕事は合格点ではダメ、つねに100点で当たり前、それ以上を目指さないと使い物にならない」自覚もなく上っ面でその場しのぎの仕事をする私を先生は見抜いていたのでしょう。あの怒られつづけた時間は、その後の私をつくる大事なターニングポイントとなりました。

分らしく働くとは?

年齢や置かれた状況、ライフステージによって大切にすることや仕事に対する比重も変化しつづけるものだと思っています。今の自分に最適なバランスを見つけ出し、その理想に近い働き方が実現した時、最高に「自分らしくはたらく」姿が見られるのではないでしょうか。

後のキャリアについて

英語の専門学校卒業時、二度と英語に関わりたくないと20年間避けてきましたが、40歳を機に未経験で貿易事務の仕事になりました。人に恵まれたこともありますが案外なんとかなるものです。まずはやってみて後は走りながら考える、の精神でチャレンジし続けたいと考えています。