働く私たちへのアドバイス Career Interview 視野を広げ、人生とキャリアの充実を 後編 吉川美代子 Miyoko Yoshikawa

2017.10.10

報道番組を中心に第一線で活躍し、現在はコメンテーターとしても注目される吉川美代子さん。前編では仕事に対する姿勢や、キャリア形成のための努力についてうかがいました。後編では、仕事やライフワークなど、様々な経験で培った視野の広げ方や、「話すこと」、「伝えること」におけるプロからの、言葉への意識やコミュニケーションのありかたについて語っていただきました。

30代で出合ったライフワークによって人間としての幅が広がった

30代半ばで、子供の頃から関心のあったラッコの研究を始めました。ラッコは日本の海に生息しておらず、国内には専門の研究者がいませんでした。また当時のテレビ番組や雑誌でも、野生動物としてのラッコの生態などはほとんど伝えられていませんでした。仕事柄、きちんと勉強して正しいことを伝えることが必要だと感じた私は、自分がその役割を担うべきだと決心しました。これが仕事とは別のライフワークとなり、人生の転機ともなりました。

とはいえ、趣味の勉強のために当時担当していた土日のニュース番組を休むことは考えませんでした。月曜にラッコの研究者に会いにアメリカへ発ち、金曜に帰国というスケジュールを何度か続けました。またこういった勉強の合間には、北海道大学の図書館に通って古文書を調べたり、ラッコの毛皮価格を調べるためだけに、日帰りでロンドンに行ったこともあります。

そうすると日本ではほとんど知られていなかったラッコの生態が見えてきました。まるで、国内外のあちこちで拾ったラッコのジグソーパズルのピースを、どんな完成図なのかも知らないままワクワクしながらはめ込んでいくような、まさに知的興奮を味わいました。ラッコの研究には、歴史、経済、民俗学、気象学、生物学とさまざまな分野からアプローチを試みました。これには報道の現場で培った取材や情報収集の経験が役に立ちましたし、ラッコ研究で広がった知識はアナウンサーとしての仕事にもプラスになりました。またこうして書き上げたラッコの本を通して、人脈が広がることもありました。

こうした活動はやはり、ひとつの仕事に全力投球した経験があったからこそできたことです。本職に真剣に取り組んだ上でのライフワークが双方に相乗効果をもたらし、結果的に人間としての幅も広がったように感じます。

部下ができたことで、主語が「私」からより大きな視野に

30代後半に管理職になり意識が変化しました。若い頃の主語は「私」でしたが、経験や昇任を重ねるにつれて、主語が変わってきました。視野が広がると、同じ社内であっても見える景色が変化するものです。

部下を持ち、責任が生じたことで、それぞれの性格、能力、精神力、体力など同じ報道を担当するアナウンサーでもかなり違いのあることがわかりました。それぞれの考え方の違いを理解し、相手に応じた伝え方をすることが、コミュニケーションをとる上で大切だと気づくこともできました。

やがて視野は会社(TBS)全体にまで広がり、60代の今では人生や考え方にさらに余裕が生まれました。だから会社という組織を離れた今、何事も余裕をもって楽しめるんだと思います。

よりよい人間関係のベースは思いやり

人とよりよい関係を築くためのコミュニケーション能力とは、思いやりがあってこそ成り立つのだと考えています。コミュニケーションとは、言葉と言葉のキャッチボールです。幼稚園の子供とキャッチボールをするとき、いきなり130kmの速球を投げる人はいませんよね。相手の力量を考えてボールを投げ、相手が投げてきたボールをきちんと受け止める。言葉のキャッチボールも同様です。自分の言葉を受け取る相手に合わせて、ボールの速さや二人の距離を考える。つまり、相手を思いやる気持ちがなければいいコミュニケーションはとれないのです。

上司や得意先の人と話すときに完璧な敬語を使えたとしても、相手への思いやりがなければ、それは単なる音にすぎません。言葉とは意味のある塊、だから一つのボールになるのです。思いやりと中身のある言葉を話せるコミュニケーション能力とはつまりは“人間力”です。

仕事に全力投球するからこそ見える景色がある

昨今重要視されている「働き方改革」の考えには逆行するかもしれませんが、私は20代や30代などには、寝食を忘れて仕事に向き合う時期があってもよいと考えています。仕事は、決して甘いものではありません。給与が発生するのですから、責任も伴います。それを理解した上で全力投球して、初めて見えてくるものがあるはずです。

私は2014年に定年退職の日を迎えました。退職の日、きっと辛かったことや悔しかったことばかりが思い出されるだろうなと考えていたんです。ところが、頭に浮かんでくるのは、「あの中継よかったよ」と上司から褒めたれたことや、視聴率がよくて仲間で喜んだことなど、楽しい思い出ばかりでした。がむしゃらに仕事に打ち込んできた私への、神様からのプレゼントのように思えました。

2017年4月からは京都産業大学で客員教授として、アナウンサーとしての経験をもとに、“コミュニケーション”について教えています。これまでのキャリアが若い人たちの役に立てることはうれしいかぎりです。このような機会に恵まれたのも、目の前の仕事ひとつひとつに全力を尽くしてきたからだと思います。

一個人として何ができるか考えることが大切

私は、男女に関係なく、その人の能力に合った仕事をするべきだと思っています。どんな人生を送りたいのか、人それぞれ違うはずです。キャリアプランといっても、全員の目標となるモデルはありえません。実際、20代の時に思い描いたプランが、30代、40代になれば変わることはよくあることです。一人の人間として、自分がその時々にどう生きたいのか、何ができるのかを考えていれば、不測の事態が起きても慌てることはないはずです。

どんな職場でも、環境面や待遇面に一つや二つ不満は出てくるでしょう。しかし、自分の仕事が、チーム全体、ひいては会社全体でどんな役割を果たしているのかを理解すれば、仕事のモチベーションが上がり、自分磨きの努力も継続できます。仕事に携わる以上はプロとして全力を出しきって、達成感や充実感を得てほしいですね。

PROFILE

よしかわみよこ・1954年神奈川県生まれ。77年、早稲田大学教育学部卒業後、TBS入社。『JNNおはようニュース&スポーツ』『JNNニュースコープ』『JNNニュースの森』『CBSドキュメント』など、数多くの番組キャスターのほか、TBSアナウンススクール校長を12年間務めた。2014年にTBSを定年退職後はフリーアナウンサー、コメンテーターとしても活躍。17年4月からは京都産業大学の客員教授に就任。著書に、『ラッコのいる海』(立風書房)、『アナウンサーが教える 愛される話し方』(朝日新書)がある。

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