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アデコの派遣

Adecco Special Interview 為末 大 - まず、やってみる。そして後から統合する。

2014.12

一流のアスリートも、壮大な夢を持っていた訳ではない。

人生のキャリアに夢を持つこと、目標を設定することは大切なことです。ただ最近は、インターネットを中心にストイックな夢の話が溢れていて、世の中がどことなくせわしい印象を受けます。もうちょっと夢がない人に人権があってもいいんじゃないの? そんなことを思ったりもします。

この夢と目標というテーマについて、スポーツ選手には功罪ふたつの側面があると思っています。ひとつは、壮大な夢や目標を持ち、それを実現することで人々を勇気づけている良い側面。そしてもうひとつは、成功するためには大きな夢と目標が不可欠だという情報を発信し過ぎている側面です。

たぶん世の中の多くの人は、一部の超一流アスリートの自伝や発言などから、「“アスリート”イコール“大きな夢に向かってストイックに生きてきた人たち”」と捉えています。しかしオリンピック選手の統計データによると、子供の頃からオリンピックを目指していた選手は全体の40%以下だったりします。つまりそれぞれの競技で一定の成功を収めたアスリートでさえ、初めから壮大な夢を持っていたわけではないのです。

まずは、今ある環境の中で小さな改善を重ねること。

では彼らがどうやって成功を手にしたのかというと、それは、日々目の前に出てくる問題点を解決し、改善に繋げる行為をコツコツ積み上げてきたことに尽きると思います。夢や目標は、この過程で見つかった例がほとんど。オリンピック選手をはじめとするアスリートは、大前提として日々の改善のプロセスをサイクル化するのが上手な人たちなのです。

例えば僕の現役時代だと、一日に100mラン20本と400mラン5本という苦行のような練習を継続するために、またフォームを効率的に改善するために、いわゆるABテストの要素を取り入れていました。具体的にいうと、腕を大きく振るAパターンと、腕を小さく振るBパターンを交互に出し続け、どっちの方がより良いかというのを検証していく、といった感じです。そうすると、同じ練習がただの反復ではなく、実験の連続になる。ちなみに僕は元々反復が苦手で、数年先のために地道に努力できるタイプではありませんが、これが実験だと思えば、同じことが何万回続いてもそれなりに耐えることができました。

このノウハウは、一般企業にお勤めの皆さんにもきっと役に立つと思います。営業トークの強調ポイントを変えるとか、報告書のフォーマットを変えるとか、書類の置き場所を変えるとか、何かの資格に挑戦している人なら暗記法を変えるとか、いわゆる日々のルーティンの中に小さなB パターンを用意しておくのです。結局僕らは何が改善かなんてよく分からない。だからAとBを繰り返しながら自分をだましだまし物事を継続し、良かった方を選んだら結果として改善につながっているのがベスト。このやり方は、非常に効率が良いと思います。

現時点で、大きな夢や目標がない方も、まずは自分の置かれている環境の中で小さな改善を積み重ねること。きっとそれは将来のために大きな力となるはずです。

なるべく少ない量の意志で目標を達成するために。

次に目標の話ですが、とりあえずは背伸びをしたら届くくらいの目標がちょうど良いと思います。それは仕事上の小さな作業のことでも、興味のある趣味の領域でもかまいません。とにかく「立てた目標はクリアできるんだ」という成功体験を得ていくことで、少しずつ能動的に目標を立てようという気分になることが重要です。それを繰り返すことで、徐々にもっと大きな方向性が見えてくるのではないかと思います。

そしてこの目標を達成する上で不可欠なのが自己管理ですが、大切なのは自分を信用し過ぎないことです。競技生活を長く続ける選手は、自分を堕落させる要因をよく知っていて、モチベーションを維持する生活を上手くルール化しています。例えば、何かの朝活に参加したいけど、そもそも朝起きるのが苦手だと自覚しているのであれば、夜更かしの要因になっていたテレビ番組を録画して土日に見るようにするといったことです。あと一番簡単なのは、自分の努力を報酬と結びつけること。毎日1時間の読書を終えたら必ずアイスクリームを食べるとか、1ヶ月それが続いたらエステに行くとか(笑)。結局、人間の意志には量があるので、あれもこれも我慢して新しいことをやるのは限界があるわけです。だから、なるべく少ない量の意志で目標を達成するにはどうすれば良いか、その仕組みをつくることが自己管理のポイントだと思います。

ゴールに捉われず、気ままに散策する気持ちを大切に。

もっとも一般社会というのは、基本的に目標設定が難しいと思います。我々の世界では少なくとも進む方向は定まっていて、あとはゴールまでの距離を自分で決めれば良かった。ところが一般社会ではその方向自体を定めなければなりません。これは厳しい話だと思います。

ただ多くのアスリートがそうであるように、この時点でこうなりたいという明確な目標を決める必要があるかというとそうではありません。僕は今、人間とは何か、人間らしさとは何かというテーマを突き詰めることが、人生における大きな興味であり方向性になっています。これは、競技人生が出発点となって、その後色んな経験を積む中で自然に見いだされたものです。最初から見つけようとするのではなく、まずは手当たり次第やってみる。そして後から振り返ってみて、それら全体を統合するアイデアが何かということを考えるのです。いきなり地図を見せられて、ゴールを決めることなんて誰にもできません。まずはゴールの方向にとらわれず、気ままに散策に出るくらいのスタンスで、一歩を踏み出してみてほしいと思います。

Recent Works

『はやい!広島県』プロジェクトの様子

2010年に私が発起人となって立ち上げた「アスリートソサエティ」は、さまざまな競技のアスリートが交流し、刺激し合い、意識共有を図る場であるとともに、企業や行政機関、教育機関など、広く社会とつながるための機会創出を支援している団体です。その中の重要な活動のひとつが、近年、社会的な問題となっているアスリートのセカンドキャリア支援です。すでに海外では、アデコさんが国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)との協同により「IOC&IPCアスリートキャリアプログラム」に取り組まれていますが、日本では各協会によるトップ選手に限定されたプログラムしか整備されていないのが現状です。今後は、比較的手厚いサポートを受けている層の手前にいる選手や学生へのサポートを中心に、一方でスポーツ界全体のロールモデルとなるような選手のキャリア支援に力を入れていきたいと考えています。

為末大さんから皆さんへのメッセージ

PROFILE

ためすえだい・1978年広島県生まれ。中学時代より短距離選手として活躍し、ジュニアオリンピックでは当時の日本記録を更新。法政大学経済学部在学中に、日本学生選手権400メートルハードル3連覇。卒業後、大阪ガスを経て2003年プロに転向。01年エドモント世界選手権、05年ヘルシンキ世界選手権にて銅メダルを獲得。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3大会に出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者でもある(12年12月現在)。東京・丸の内での「東京ストリート陸上」プロデュース(07年)、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリートソサエティ」の設立(10年)、地元広島に11年に立ち上げたランニングクラブ「CHASKI(チャスキ)」での子どものための陸上教室の開催など、現役時代から陸上競技の普及に積極的に取り組んできた。12年6月、大阪で行われた日本陸上競技選手権大会を最後に、現役生活を引退。同年7月「爲末大学」を開校。新たな活動をスタートさせている。著書に『走る哲学』(扶桑社新書)、『日本人の足を速くする』(新潮新書)など。