Adecco Special Interview 椎名 桔平 焦らず、一段一段、着実に目の前の階段を上っていく

2015.10.29

さまざまな「色」を持つことが、役者としての魅力になる

役者となり30年以上経ちますが、若いころと今では、ずいぶん変化がありましたね。僕が若いときには、役者としての引き出しといえる、役の「色」を、あまり持ってはいなかったと思います。役者は、自分とは異なる人物の役をいただいた場合にどう変わっていけるかということが要です。ある役では普段の自分のまま自然に演じることができても、ほかの役ではそうもいかないときがあります。いろいろな役を演じて経験値を積んでいかないと、演じ分けはなかなかできません。

新しい役をやらせていただくことで、これまでとは違う色を発見し、徐々に役者としての手持ちの色は増えていきます。混ぜる色が多いほど、複雑な色になりますよね。人間もいろいろな経験を経て、複雑さを持つことが、人を引き付ける一つの魅力に繋がると思っています。

悩み続けて生きてくことが人生だと解釈するなら、「葛藤」は健全なこと

放送中のドラマ「破裂」で私が演じている香村という役は、医師の役どころに多い、いわゆる“いいお医者さん”ではありません。それが役者としては興味深い。自分の研究に真摯(しんし)に取り組み、治療法をなんとか実用化したいという夢を持っています。ただ、それを実現するために、さまざまな思惑に取り込まれていくんですね。また、過去に捨てられた父親との再会により、葛藤しながらもそれに向き合っていく。そういうところも含めて、非常に人間くさい役なんです。

僕自身、経験値がまだ足りない部分もあるからか、葛藤を感じることはたくさんあります。他者から見ていて映る自分の姿と、自分の内面は違うものであるということに、葛藤があるわけです。かといって、葛藤はすぐに乗り越えられるものではありません。いずれ乗り越えなきゃいけないし、乗り越えられる自分になりたいとも思います。年齢を重ね、自分の抱えるものが増えていく中でも、心の安定や平静を常にコントロールできるのが「大人」だと思っています。自分が悩んでいることについて「教えてくれませんか」なんて、周りの人に聞けるような歳でもありません。自分で考えていかなければならないんです。悩み続けて生きていくことが人生であると解釈するのであれば、葛藤も健全なこととして捉えていいんじゃないかなって思いますね。

悩んだり考えたりする機会、経験が、仕事の喜び

今回、香村役を演じるうえで、大先輩の仲代達矢さんとご一緒させていただいたことが非常に楽しかった。香村の父親である倉木を演じる仲代さんとぶつかり合うシーンでは、「さて、どうやって対峙しよう」と悩み、考えたんです。この歳になっても、そうして考える機会を与えていただけることは、非常に大きな喜びです。

また、佐久間役を演じた滝藤賢一くんも、香村を丸め込むような憎たらしく思える芝居をどんどんしてくるわけですよ。流れとしては、香村の方が負けがちなんです。だけど、演出家の意向としては「ここで負けないでくれ」と(笑)。だから、知恵を振り絞って、負けないための方法をずっと探っていました。緊張感の続く撮影でしたので、2カ月半の撮影期間のうち、1カ月くらいは胃が痛い状態が続きましたね。しかしそれは、仕事に没頭しているということでもあります。役者としてやりがいのある、充実した撮影期間だったと思います。

経験が生きる。経験がないうちは、気持ちで挑む

役者という仕事は、台本に書かれていないことを引き出さなきゃならないことが多々あります。そういった場合に生きるのは、これまでの人生経験と演技経験です。今まで経験してきた物事の引き出しをあちこち開けて、当てはまるものを探す作業をしますね。ただ、経験が浅いうちは、経験値がないですから、考えてみても引き出しようがない。そういうときは、気持ちで挑むしかないでしょう。「役の気持ちを掴むんだ」とか「表現するんだ」という気持ちが大切なんです。

それは、「自分を信じること」や「相手を信じること」でもあります。根拠のない自信が、唯一の武器となることもありますからね。たとえ下手でも失敗しても、それは本当の意味での失敗ではありません。怒られたり教えられたりしながらも、気持ちさえあれば、周囲の人たちからも「助けてあげたい」とか「なんとか成立させてあげたい」という気持ちを、抱いてもらえるのではないかと思います。それは役者の世界だけじゃなくて、企業に勤めている人たちにも当てはまるのではないでしょうか。

目の前の階段を着実に上っていくことが大事

仕事というのは、一歩ずつ歩んでいくものです。1段目から急に5段目には、一足飛びで登れるものではありません。才能ある人とか、縁や運に恵まれた人でも、歩んでいく過程に変わりはありません。一気に5段目まで登ろうとしても、しっかり下積みを経験していなければ、土台は盤石ではなく、後になって崩れてしまうこともあるかもしれない。まずは、焦らずに、目の前にある一段一段と向き合うことが大切ではないでしょうか。

同時に、「夢」が持つ力は大きい。生活の糧のためだけに仕事をする状況も、もちろんあるとは思いますが、それでも、夢を持ち、夢に近づくように頑張っていくことは大切だと思います。僕は若いころに「10年、ひとつのことを信じて一生懸命頑張れば、神様はチャンスをくれる」という言葉と出会い、それを座右の銘のようにしてきました。もちろん、簡単に夢は叶わないと思う人も多いでしょう。だけど、結果的に夢を諦めたとしても、ひとつの物事を10年、一生懸命にやったという事実が自信に繋がり、人生の支えになります。

自分に自信を持っているということは、人間的な魅力にも繋がると思います。ただ、続けることは苦しいですよ。僕らの世界だって、続けるにあたって苦しいことが多いわけです。それでも、苦しさから目を逸らさずに向き合い、乗り越えていってほしいですね。その姿勢を周りの人が見てくれれば、自ずと「縁」がついてくる。だからこそ、一段一段、目の前の階段を着実に上っていくことが大事だと思います。若い人であれば、ガムシャラに突っ走ればいいんですよ。

例えどう転んだとしても、人の経験値や人生経験、違う分野での職業経験は、プラスにこそなりますが、マイナスになることはありません。仕事が楽しいとか楽しくないとかも、考え方ひとつでしょう。距離をおいて見ているとよく思えなくても、思い切って飛び込んでみたら楽しいと思えるかもしれない。人でもそうじゃないですか。とっつきにくく思えた人といざ話してみると、思っていたよりいい感じになるときもあるでしょう。でも、話しかける勇気がないとか、見て見ぬふりをしていたら、何も生まれませんよね。気持ちひとつで考え方は変わるんですよ。すべては自分次第です。まずは四の五の言わずにやってみるとか、動いてみるとか、そういう気持ちが大切だと思います。

椎名桔平さんから皆さんへメッセージ

PROFILE

しいなきっぺい・1964年三重県伊賀市生まれ。1994年、石井隆監督の映画『ヌードの夜』で第9回高崎映画祭最優秀新人男優賞を受賞し注目を浴びる。その後も、テレビドラマや映画、舞台など、幅広く活躍の場を広げて実力派俳優としての地位を築き上げる。特に、シリアスな役どころには作品内でも話に上がるほど定評がある。1999年には、映画『金融腐蝕列島 呪縛』にて、第23回日本アカデミー賞優秀助演男優賞をはじめとした5つの賞を受賞。2016年に映画『64-ロクヨン-』の公開が控えている。


「破裂」

医療業界の光と闇、生と死と老い、人間の情熱と非情を描くドラマ。原作は、医師として現役でもある久坂部羊の同名小説。エリート心臓外科医である香村鷹一郎(椎名桔平)は、老化した心筋を若返らせる「夢の治療法」を開発し、注目を浴びた。しかし、その副作用として、心臓破裂が判明する。この副作用に目をつけたのは、異色の敏腕官僚・佐久間和尚(滝藤賢一)。佐久間は、日本の「少子高齢化の解決」のため、香村の療法を乗っ取って高齢者を大量に安楽死させようと画策する。そのとき、香村のもとに心不全で引退状態の国民的俳優・倉木蓮太郎(仲代達矢)が現れ、新療法の被験者に名乗りを上げる。実は、香村は倉木の隠し子。40年前、幼い自分と母親を捨てた父を恨み続けて生きてきた香村は葛藤を抱える。香村、佐久間、倉木、それぞれの思惑は交錯し、衝突していく。

NHK総合 10月10日より毎週土曜 夜10:00〜10:44(全7回)